孔子を祀る学問発祥の地でパワーをもらおう!湯島聖堂(東京)
パワースポット情報
5.孔子を祀る学問発祥の地でパワーをもらおう!湯島聖堂(東京) 湯島聖堂へ、初めて行ったのは易学研究会でした。 最寄りの駅はお茶の水。駅から出ると、通りを横切り、線路の上に架かる橋を渡ります。すると、すぐ右手に湯島聖堂が見えてきます。 秋だったので、銀杏並木がロマンティックでした。湯島聖堂の敷地は四角く、スッキリしています。なんだか、どこからともなくカンフーをやる人が出てきてもおかしくないくらい、聖堂の少しだけ開いていた重厚そうな真っ黒な扉のせいかもしれませんが・・・・・・。 日本人よりも中国からの観光客が多く、にぎやかでした。 聖堂の正面の階段を下って、敷地の左手に進むと、大きな孔子様の像がそびえています。わたしたち、易をするものたちはみな、孔子様に挨拶をしてから、さらに奥にある館に進みます。 この館は、いくつもの会議室があり、まるで映画の金田一耕介にでも出てくる様な、警察か村役場、といったかんじでしょうか・・・・・。 レトロな感じで、易をするにはピッタリと言えるでしょう。ここでは、占い界のボスを育てた加藤大岳に師事した、わたしの先生が主催する「大岳易」という易学研究会が三カ月に一度開かれます。みな、プロとして活躍する易者であります。それぞれに持ち寄った、相談者からの悩み事について意見し合う場でもあります。 休憩時間には、司会者の横に置かれた先生が用意した紙袋が置かれます。 何をするのかと申しますと、射覆(せきふ)と言いまして、筮竹を用いて、紙袋の中身を当てるものです。見事に、紙袋の中身を当てた者はそれをゲットできるという仕組み。ゲームみたいでたのしいでしょ? 先生曰く、紙袋の中身を当てられるのは、易しかない、と言っています。 「湯島聖堂」 徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。 明治維新を迎えると聖堂・学問所は新政府の所管するところとなり、当初、学問所は大学校・大学と改称されながら存置されましたが、明治4年(1871)これを廃して文部省が置かれることとなり、林羅山以来240年、学問所となってからは75年の儒学の講筵は、ここにその歴史を閉じた次第です。ついでこの年わが国最初の博物館(現在の東京国立博物館)が置かれ、翌5年(1872)には東京師範学校、わが国初の図書館である書籍館が置かれ、7年(1874)には東京女子師範学校が設置され、両校はそれぞれ明治19年(1886)、23年(1890)高等師範学校に昇格したのち、現在の筑波大学、お茶の水女子大学へと発展してまいりました。このように、湯島聖堂は維新の一大変革に当たっても学問所としての伝統を受け継ぎ、近代教育発祥の地としての栄誉を担いました。 大正11年(1922)湯島聖堂は国の史跡に指定されましたが、翌12年(1923)関東大震災が起こり、わずかに入徳門と水屋を残し、すべてを焼失いたしました。この復興は斯文会が中心となり、昭和10年(1935)工学博士東京帝国大学伊東忠太教授の設計と(株)大林組の施工により、寛政時代の旧制を模し、鉄筋コンクリート造りで再建を果たしました。この建物が現在の湯島聖堂で、昭和61年度(1986)から文化庁による保存修理工事が、奇しくも再び(株)大林組の施工で行われ、平成5年(1993)三月竣工いたしました。 史跡湯島聖堂のサイトより |
2010年05月16日|
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